2013年2月、僕はTascという当時関わっていたマガジンに、コーヒーについての記事を書いた。

新しく面白いものを見つけた気になって、誰にも頼まれていないのに話したくなる、あの感じで書いていた。新しい店を見つけた瞬間、まだ誰も聞いていないのに説明を始めてしまう、あれだ。

消費量のデータ、ちょっとした豆知識、ラテアート、Starbucksのカップに絵を描く日本人アーティストの話。TotòやDe Andréまで引用して、最後はかなり優雅に「では、よいコーヒーを飲みに行きます」と締めていた。

悪くはなかった。浅かったけれど、その時点で知っていたことでは、たぶん精一杯だった。

13年後、僕はスペシャルティコーヒーについての紙のzineを共同で作り、AliceのMirabilia Coffeeを少し手伝い、砂糖という言葉を口にしただけでバリスタに静かに見られるような店でコーヒーを飲むようになった。水道水を飲むときでさえ小指が上がりそうな人間になってしまった。

これが13年分の変化だ。少なくとも、以前よりは何を話しているのか少しわかっている、と思いたい。


13年後のデータ。だいたい間違っていた

2013年の記事で、僕はイタリアでは1日に2億杯のエスプレッソが飲まれている、と書いていた。どこから持ってきた数字なのか、正直よく覚えていない。Pinterestあたりで見た、気前よく丸められたインフォグラフィックだったのかもしれない。

最近のデータでは、実際の数字は1日およそ9500万杯。それでも1秒に1100杯くらい飲まれていることになるので、バールの列に文句を言う前に少し考えてもいい。

当時は、アメリカが世界最大のコーヒー消費国だとも書いていた。総量で見れば、それはそれで間違っていない。ただ、一人あたりの消費量で見ると話は変わる。イタリアは年間5.5kgで世界7位くらい。上には、少し意外な国が並んでいる。

  1. フィンランド、一人あたり10.5kg。たぶん血液の代わりにコーヒーが流れている。
  2. スウェーデン、9kg。
  3. デンマーク、7.4kg。
  4. ブラジル、6.4kg。
  5. カナダドイツ、6.2kg。
  6. そして僕たちイタリア、5.5kg。

当時の記事にまったくなかった数字で、いま見るといちばん象徴的なのはこれだ。イタリア人の97.7%がコーヒーを飲む。ほぼ全員。残りの2.3%は、たぶん嘘をついているか、まだ受け入れられていない。

13年後のコーヒー消費データを扱った編集風イラスト データ。でも悲しいExcelではない。

大きな数字が好きな人のために

イタリアのコーヒー市場は年間およそ52億ユーロ規模。焙煎産業には約1000社、7000人以上が関わっている。イタリアは生豆輸入で世界3位、EU内では輸出2位、そしてヨーロッパ最大の焙煎コーヒー生産国でもある。

2024年には、イタリアのコーヒー生産量は43万トンを超え、金額にして47億ユーロ。生豆は主にブラジル、ベトナム、ウガンダ、インドから来ている。

そして2025年には、コーヒー価格が前年より**20.7%**上がった。宝飾品や電気代と並ぶレベルの上昇だ。それでも消費は落ちない。儀式は儀式なので、値段が上がってもイタリア人はバールに行く。


残る儀式、変わる形

2013年、僕はスウェーデンにはFikaという習慣があり、その音がイタリア語では少し別の響きを持つ、と書いていた。この冗談はまだ老けていないので残しておく。

変わったのは、イタリア人がどうコーヒーを飲むかだ。カウンターで飲むエスプレッソはいまも中心にある。でも周囲では、いろいろ起きた。

カプセル革命。 いまやほぼ二世帯に一世帯がカプセル式マシンを持っている。ポッドやカプセルは販売量では18%ほどなのに、大規模流通の売上では61%を占める。キロ単価がかなり高いからだ。袋入りの粉コーヒーは量ではまだ強いけれど、流れははっきりしている。

モカは死なない。 むしろ戻ってきている。カプセルや全自動マシンの時代に、モカには意識的なノスタルジーがある。イタリア人の78%が、コーヒーが上がってくる瞬間が好きだと言う。体験した人にしか説明しにくい快感だ。雨がトタン屋根を叩く音とか、焼きたてのパンの匂いに近い。

デカフェ。 これは本当に意外だった。イタリア人の82%が、少なくとも1日に一度は通常のコーヒーとデカフェを使い分けている。専門家はこれを「Caffeine Conscious Generation」と呼ぶ。インディーバンドみたいな名前だが、要するに自分のリズムに合わせてカフェインを調整する人たちのことだ。昔は諦めた人の飲み物みたいに見られていたデカフェが、いまは選択になっている。時代は変わる。

モカ、カプセル、エスプレッソ、デカフェが同じテーブルに座っている編集風イラスト 伝統は消えない。座って、見て、ときどき静かに判断する。


Starbucks。予言はだいたい当たった

2013年の記事で僕は、Starbucksはヨーロッパや世界では広がっているけれど、イタリアにはまだ居場所を見つけていないと書いていた。その良し悪しは読者に任せていた。

では、13年後の更新。Starbucksは来た。2018年9月、ミラノのCordusio広場にReserve Roasteryを開いた。Howard Schultzが80年代にミラノのバールから受けた衝撃をもとに、イタリアへ戻ってきた形だ。少し歴史の皮肉が効いている。

2025年末には、イタリア国内で約50店舗、10州、760人以上のスタッフ。ローマの大型旗艦店、ドライブスルー、駅の小型店、ショッピングセンターの店舗。2026年4月にはRiminiにも店ができた。

2013年に読者へ任せた考察を、今なら自分で書ける。

Starbucksはスペシャルティコーヒーではない。というより、そう名乗ったこともない。世界中どこでも似た体験を提供する、非常によくできた標準化の仕組みだ。東京のFrappuccinoからRiminiのFrappuccinoまで、何が出てくるかだいたいわかる。スペシャルティ側から見ると、自然派ワインと紙パックワインを比べるようなものかもしれない。用途が違う。どちらを飲んでもいい。ただ、自分のグラスに何が入っているかは知っていたほうがいい。

でも、その間にもっと面白いことが起きていた。


第三の波。2013年の僕が知らなかったもの

2013年、僕はLino’s CoffeeArnold Coffeeを、イタリアの専門的なコーヒー店として挙げていた。「ただのエスプレッソを頼むのが失礼に感じる店」として。あの頃の知識としては、それが限界だった。いま思うと、ハートの泡があるコーヒーを「すごく本格的」と思っていた当時の自分が少し愛おしい。

知らなかったのは、その頃すでにthird wave coffee、つまり第三の波と呼ばれる動きが形になっていたことだ。コーヒーへの考え方を変える動きで、雑に言えば、量り売りのワインからナチュラルワインへ視点が変わったときに近い。かなり乱暴な比喩だけれど、方向は合っている。

スペシャルティコーヒーを簡単に言うと

スペシャルティコーヒーとは、SCA(Specialty Coffee Association)の認定カッパーによって100点満点中80点以上と評価された高品質なコーヒーのこと。

ただ、これはWikipediaに載せるための定義で、読んでもあまり飲みたくならない。

人間の言葉で言うなら、スペシャルティコーヒーとは、どこで育ち、誰が作り、どう処理され、どう焙煎されたかがわかるコーヒーだ。スーパーのパスタを買うのと、Gragnanoの小さな工房で、どの畑の小麦かまで知って買うのとの違いに近い。

この言葉は、Erna Knutsenが1974年に使ったものだ。同じ年にEnzo MariがAutoprogettazioneを発表していたけれど、それはまた別の記事で書いた話。Knutsenは、特別な微気候や高地で育つ希少なコーヒーを表すためにこの言葉を使った。そこから概念は広がり、いまでは単なる商品ではなく、サプライチェーンの考え方そのものになっている。

カップの中では、予想しない味が出る。果実、花、チョコレート、柑橘。バールのエスプレッソだけを飲んでいる人に説明すると、少し心配そうに見られるかもしれない。でも一度通ると、なかなか戻れない。これは自分で通ったのでわかる。

抽出器具。なぜみんな家にV60を持つのか

2013年、僕はV60が何か知らなかった。いまは陶器のV60があり、旅行用のプラスチックのV60があり、もし誰かがいいパッケージで三つ目を出してきたら、たぶん買う。

V60は、Harioが日本で作った60度の円すい形ドリッパーだ。名前の由来はそこから来ている。Volvoの型番ではない。スペシャルティの世界で最も広く使われる抽出器具のひとつだが、もちろんそれだけではない。

Aeropress。おもちゃのように見えるけれど、かなりいいコーヒーを作る。世界大会まである。Aeropressの世界大会が存在するというだけで、世界はまだ捨てたものではない。

Chemex。1940年代の化学実験室から出てきたようなガラスの器具。実際、化学者が1941年に発明した。MoMAにも収蔵されている。RietveldのRed and Blue Chairと同じように、でもこちらは朝食にも使える。

French Press。たぶん見たことがあるし、家のどこかにある人も多い。スペシャルティ界では、少し懐かしさと少し上から目線が混じった感じで見られる。いつも同じ話をする叔父さんみたいなものだが、それでも嫌いにはなれない。

Moka。僕たちのモカ。Bialetti、1933年。厳密にはスペシャルティの抽出器具とは言いにくいけれど、挽きたてのよい豆、正しい量、弱火があれば、Kiyosumi-Shirakawaの少し気難しいバリスタでも黙るくらいの結果を出せる。

V60、Aeropress、Chemex、モカが研究道具のように並んでいる 道具への執着はない。機能するものを使うだけ。たぶん。


カフェ。2013年から今まで

2013年、イタリアでスペシャルティコーヒーの店を見つけるのは、砂漠でオアシスを見つけるようなものだった。僕は二軒をかなり興奮して挙げていた。いまは状況がまったく違う。ミラノだけではなく、場面はかなり広がった。

ここで店のリストは作らない。この記事を読み終わる頃には古くなっているかもしれないし、イタリアのスペシャルティシーンを丁寧に地図化している人たちは他にいる。言えるのは、2013年にはロンドン、メルボルン、東京へ行かないと飲めなかったようなコーヒーが、いまではイタリアの多くの中規模以上の都市で飲めるようになったということだ。ミラノはもちろん密度が高い。でも、トリノ、ローマ、ボローニャ、フィレンツェ、ナポリ、そして意外な場所にも広がっている。

面白いのは、それが伝統的なバールを殺していないことだ。カウンターで飲む1ユーロのエスプレッソ、いや今は1.30ユーロ、1.50ユーロ、ミラノの一部では2ユーロに近づくこともあるけれど、その文化は残っている。スペシャルティと伝統的なエスプレッソは、同じ通り、ときには同じ区画に共存している。スペシャルティを飲む人が、バールのエスプレッソをやめるわけではない。ただ、他にも世界があると知り、ときどき探しに行く。

そして東京

東京。コンビニのコーヒーが本当においしい街。これは2013年にも書いていて、その点だけは正しかった。

でも、その後の東京のスペシャルティシーンは、かなり高度なものになった。清澄白河のようなエリアは、世界のコーヒーカルチャーがどこへ向かうのかを見たい人にとって、ちょっとした巡礼地になっている。浅草にはKielo Coffeeのような店もある。フィンランドのコーヒー文化と日本的なホスピタリティが、12席の小さな空間、浅煎り、試験を受けている気分にさせない接客の中で混ざっている。興味があれば、zineのほうに書いた。

日本とコーヒーには長くて真剣な関係がある。2013年、僕は日本では缶コーヒーや冷たいコーヒーがよく飲まれていると書いた。それは当時もいまも本当だ。ただ、その間に日本は、クラフトロースター、抽出器具、ネルドリップ、サイフォン、そして細部への異常なほどの集中力によって、世界でもかなり洗練されたコーヒー市場のひとつになった。カップの持ち方ひとつで、自分が少し雑に見えてくるくらいに。


残った豆知識、新しく増えた豆知識

2013年の記事にあった小ネタのいくつかは、まだ生きている。少し更新して残しておく。

スウェーデンのFikaは今もあるし、今もその名前だ。そして発音は、イタリア語では相変わらず少し別の意味に聞こえる。ちなみにスウェーデンは一人あたり消費量で世界2位になっている。Fikaはかなり機能しているらしい。

トルココーヒーは2013年にユネスコ無形文化遺産になった。まさに僕が記事を書いた年だ。タイミングは完璧だったのに、僕は完全に拾い損ねていた。

コーヒーかすでキノコを育てる話。2013年には好奇心をくすぐる小ネタとして書いたけれど、いまでは循環型経済の一部として、本気で事業化している会社がある。もはや小ネタではなく、産業だ。

**イタリア人の44%**は、イタリアにコーヒー農園があると思っている。さらに20.5%は、それなりに重要な生産地だと考えている。念のため書いておくと、基本的にはない。シチリアに実験的なプロジェクトはあるが、イタリアがコーヒーを生産していると言うのは、サハラ砂漠がサーモンを生産していると言うくらい無理がある。誰かが試したかもしれないが、それを標準とは呼ばない。

ベトナムが世界第2位のコーヒー生産国だと知っているイタリア人は、たった10.6%。知っていたなら、おめでとうございます。統計上のエリートです。知らなかったなら、今知りました。1位ブラジル、2位ベトナム、3位コロンビア、4位インドネシア。ベトナムは主にRobustaを生産していて、これは多くのバールのエスプレッソに使われる。スペシャルティ界がよく扱うArabicaは世界生産の約60%で、より高地で育ち、香りの複雑さが出やすい。

新しい豆知識。スペシャルティコーヒーの世界では、生豆の価格が商品市場価格よりかなり高く支払われることが多い。短いサプライチェーンと生産者との直接的な関係によって、栽培する人の仕事にきちんと価値を返すためだ。これがdirect tradeの考え方。公式な認証というより姿勢に近い。誰が育てたのかを知り、きちんと支払い、その背景を語れること。地球の反対側から来るものに「地産地消」的な感覚を持ち込むようなもので、当然そこには矛盾も複雑さもある。


ラテアートとTomokoへの、少し愛のある別れ

2013年の記事では、ラテアートと、Starbucksのカップに絵を描いていた日本人アーティストTomoko Shintaniにかなり紙幅を使っていた。いちばんバイラルっぽい部分で、誰にでも伝わりやすいところだった。

ラテアートはいまもある。もちろんある。スペシャルティのバリスタは、外科医のような精度でそれを作る。でも今ならわかる。ラテアートはケーキの上のチェリーであって、ケーキそのものではない。泡の上の美しい絵は、凡庸なコーヒーをおいしくしないし、すばらしいコーヒーには白鳥の絵がなくても記憶に残る。

Tomokoについては、今も描いていてほしいと思う。彼女のInstagramはまだあり、作品もやはりいい。ただ、今ならコーヒーの記事ではなく、イラストレーションの記事に入れると思う。近いようで、別の話だから。


残しておきたい引用

元の記事にあったTorberg、Totò、De Andréの引用は残しておきたい。古びないものはある。

ただ、ひとつ新しく足したい言葉がある。最近、かなり個人的なマントラになっていて、そのうちどこかに印刷される気がしている。

「スペシャルティコーヒーを好きになった人は、なかなか戻れない。これは、私たち自身が通ってきた道なので言えます。」

これは僕ではなく、Valentina PalangeCoffee Is Not Dead (Yet)のために書いた言葉だ。ミラノの11月の夜、onigiriと白ワインのあいだで誰かが「Instagramだけではもう足りない」と言い、コピー機と異星人イラストレーターでzineを作ることにした。まあ、それはまた別の話。

コピー機、紙、コーヒー、印刷の跡が並ぶ編集風構図 ある時点でInstagramだけでは足りなくなった。だから紙、コーヒー、そして少しの頑固さ。


Coffee Is Not Dead (Yet)。誰にも頼まれていない続編

2013年の僕に、13年後にはスペシャルティコーヒーのzineを共同で作っていると言ったら、たぶん「人違いです」と答えたと思う。

でも、そうなった。Coffee Is Not Dead (Yet)は2026年4月に生まれた。ガイドでもマニュアルでもない。声だ。もっと正確に言えば、四つの声、ひとりの異星人イラストレーター、そして今のところ何とか持ちこたえているコピー機。

この名前にしたのは、イタリアのコーヒーが面白い局面にいるからだ。一方では伝統的な儀式が残っている。核戦争があってもエスプレッソだけは残る気がする。もう一方では、スペシャルティの文化が、いかにもイタリアらしい遅さで場所を作っている。その遅さは停滞に見えるけれど、実はちゃんとやるための時間なのかもしれない。

創刊号では、スペシャルティコーヒーとは何か、浅草のフィンランド系カフェ、ロンドンのお茶、モカのレシピ、そして僕が書いた科学的根拠のない2026年のコーヒー占いを扱っている。根拠はないが、少なくとも楽しい。


Mirabilia Coffee。Aliceのプロジェクト

そしてMirabilia Coffeeがある。Aliceが作ったスペシャルティコーヒーの定期便で、僕も必要なときに少し手伝っている。

出発点はシンプルだ。スペシャルティコーヒーに近づくと、多くの人が同じ疑問を持つ。なぜイタリアでは、毎週巡礼のように専門店へ行かなくても、質のよいコーヒーに定期的にアクセスするのがこんなに難しいのか。

答えは、難しくある必要はない、だ。Mirabiliaはそれを簡単にしようとしている。選ばれたスペシャルティコーヒーが、自分で決めた頻度で家に届く。知らなければ、一度見てみるといい。


13年後の結論

2013年、僕は「では、よいコーヒーを飲みに行きます」と締めていた。

それは正直な終わり方だった。あまり知らなかったけれど、少なくとも無意識のうちにそれを認めていた。

13年後の結論は少し違う。僕が違うし、飲んでいるコーヒーも違う。何より、コーヒーの考え方が違う。

コーヒーはただの飲み物ではない。儀式でもあり、市場でもあり、コロンビア、エチオピア、インドネシアの農家から始まり、輸出業者、輸入業者、焙煎士、バリスタを通って、最後にカップへ届く流れでもある。各段階で何かが足され、何かが失われる。スペシャルティコーヒーは、その各段階でできるだけ何かを足し、最後の一杯が、関わった人たちの物語を少しでも伝えられるようにする試みだ。

大げさかもしれない。でも、正直でもある。そして正直さは、コーヒーの世界でも、コミュニケーションの世界でも、なかなか貴重だ。

では、よいコーヒーを飲みに行きます。今度は、自分が何を飲んでいるのか、少しはわかっている。


この記事は、2013年2月にTascで公開したCaffèを更新したものです。13年分のコーヒー、間違い、発見、そして母がやや心配する量のV60について。

スペシャルティコーヒーに興味があって、どこから始めればいいかわからないなら、Coffee Is Not Dead (Yet)はよい入口です。家で試したいなら、Mirabilia Coffeeも見てみてください。

いつものバールのエスプレッソで満足しているなら、それもまったく悪くありません。いちばんよいコーヒーは、自分が好きなコーヒーです。僕は小指を立てますが、できるだけ判断しないようにしています。